やらなければならない事ほどやりたくなくなる現象について

俺は無職なのだが、クリエイター的なことをして適当に生きていきたいなと思っている。

そうなる為に必要なことは、「なにか一つに、継続して取り組む」事だと思う。

無職になって2年ほど経つが、未だそのように行動できた試しがない。

 

最近はとりあえず3週間だけ音楽制作に取り組もうという試みをしているが、嫌で嫌でしょうがなくなっている。

この理由については分かっていて、

「大事な行動だと認識したからだ。」

 

フリースローは、大事な場面であればあるほど緊張する現象から分かるように、

人には大事なことほど能力が下がるという機能がある。

今回の音楽の取り組みでは、当初は気楽に楽しんでやっていたが、

「これを継続できたら、何か成せるかもな…」と思い始めた途端にやるのが嫌になってしまった。

つまり、大事だからこそ嫌になったのだ。

大事な場面で緊張するのと同じように、これは避けようのない本能的な反応だ。

 

 

現実逃避にイラストの練習を始めた。

最初は感動するぐらい面白かった。

しかし「このまま練習して上手くなれば、稼げるようになるかもな…」という考えがよぎった瞬間に描くのが嫌になってしまった。

 

自分の心理のパターンが見えてきたので、

「あーこんな事やってる場合じゃねえ。早く仕事に戻らないと…」と呟きながらイラストを描くことにした。

そうすると、イラストを書くのがそれほど嫌では無くなったのだ。

そのように呟くことで脳が「今やってることは大事なことではない」と錯覚したのだと思う。


 

人には大事なことほど嫌になる特性があると思う。

そういう意味では、どのように暮らしても「人は葛藤を抱えざるを得ない生き物」なのかも知れない。

そして「作業が楽しい」「作業が捗る」という状況は心理的に絶対継続されないということが分かってきた。

だから「今作業が順調だな」と思ったら、それは危険な信号であると認識し、

すぐに「やっべえ、こんな事してる場合じゃないのにー」という独り言を言わなければならないのである。

あえて葛藤を作り出すことで、バランスを取るのである。

 

「好きなことで生きる」は、必ず崩れる。

葛藤をあえて演出し、自分の深層心理を舵取りしながらやっていこうと思う。

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