セーラー服が好きになってきた

最近、明らかにセーラー服が好きになってきた。

それは、自分と対照となるものの象徴として、そこに神秘を見出しているのだろう。

始まりはそんな小さなものからだった。

 

自分がアラサーになるに従っての大きなプレートテクトニクスが、実態として現れ始めている。

 

ここ2ヶ月ぐらいの話だが、私は三次元作品でシコれなくなった。

これまでの自分は、時には二次元、時には三次元、それも飽きないように様々なジャンルを周回するようにシコっていた。

そのローテーションから、三次元作品が消え失せてしまったのだ。

私はなぜか考えた。

それは私が「肉体でなく心」でシコるようになったからだと気づいた。

 

労働として、肉体を提供している作品に、

私は「心」を感じないのだ。

 

今となっては、おっぱいぷるんぷるんのAVより、

絶妙な表情をした非エロのソシャゲのキャラのほうがシコりやすい。

それは、二次元の女の子にストーリーを見出しているからだ。

二次元の女の子は実在しない。

しかしそこに見出された心を、私は確かに認識している。

 

私は肉体への執着から開放された。

そしてそれは悲しむことではない。

 

私の脳は、短絡的な生殖から社会的価値の追求に思考のフェーズを移したということだ。

私がアラサーになるに従い、本当の使命に気がついた私の本能は、私の体感から価値観を一変させてしまったのである。

 

私は種付おじさんから、夢見おじさんに生まれ変わった。

今後の私の活躍に刮目せよ。

コメント