ハナハナがパカる喜びは安心から来るものだったな

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筆者は昔、真面目にパチスロに取り組んでいました。

充分回転数があり、ボーナス確率から設定が明らかに高いことを確認し、その台を打っている人が帰るまで何もせずに待つ、という戦法をとっていたので、期待値的に長期で見れば必ず勝てるものでした。

いざ良い台に座り、打ち始めるとき、最初のボーナスは重要でした。

もし1000円以内でビックボーナスが出た場合、その日の収支がマイナスになる可能性がかなり低くなるからです。

良設定の台は期待値が100%を超えるので、ある程度のコインがあれば基本的にそこからの現金投入は無くなるのです。

もちろん一日単位で負けたとしても、期待値の高い立ち回りを続ければ、ある日は大勝ちするなどして、収支は理論値に収束するはずです。

しかし、それでも一日単位で負けることは苦痛だったのです。

 

一回目のボーナスはめちゃくちゃ脳汁ドバドバ嬉しいですが、逆に言うとそれ以降は割とどうでもいい感じでした。

まあうれしいといえばうれしいぐらいで、一回目とは全く異なる喜びだったと思います。

 

最近投資の本を読んでいたのですが、何となくパチスロ時代のマインドを思い出したのです。

自分の喜びは、利益を得る喜びではなく、損失を押さえる喜びでした。

投資においては、メンタルを傾ける方向を間違えるとやばくて、

一回一回のトレードに勝とうとして、一取引に思い入れを込めるほどに、自分にとって都合の悪い情報から目をそらすようになって負けるようです。

 

そういう意味で言うと、自分が感じていたハナハナへの喜びは適切なものだったのでしょうか?

少なくとも、利益を求めて、一回一回のボーナスに大喜びするよりは良かったと思います。

でも、一回目のボーナスで喜ぶことも適切とは言えません。

脳汁ドバドバ大喜びのタイミングとして最も適切なのは、椅子に座ったときだと思います。

 

正直言って、ボーナスが出るか否かはランダムで、自分の技術でなんとかなるものではありません。

しかし、どの台に座るかは自分の裁量で決めるものです。

だから、自分がルールに従って、期待値の高い台に座ったときにめちゃくちゃ喜ばないといけないのです。

そうでないと、脳が利益の本質を理解していないことになるのです。

確かに、良い台を見つけて座った時は嬉しいです。

でも「ふぅ、良し。」ぐらいの喜びなのです。

理想としては座った瞬間に「アァッッッ!!!キモチ!!!!!」となって、ボーナスは淡々と処理する感じにならないと駄目ですね。

でも当時を思い出して目に浮かぶのは、ハナが光っている情景なので、まんまと開発会社の思惑通りのメンタルになっていたというわけです。

今は投資に取り組んでいますが、確かに考え方は正しい情報を知ることが出来たと思ってます。

しかし本当に脳みそが納得しているのなら、チャートを見て優位性を発見した場合、パチスロと同じぐらい脳汁が出ないといけないのです。

その領域になれば確実に食っていけると思うので、何とかメンタルの方向性だけには気を配っていきたいと思います。

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