一般論を言わないことの尊さ

自分は、はぴらきというブロガーが好きです。

好きになったきっかけが有りまして、自分はある日、

竪穴式住居に住むのってどうなんだろう?という興味が沸いてググり、

その時に、はぴらき氏のブログがヒットしたのです。

 

はぴらき氏は実際に住んでいたわけではありませんでしたが、ネタ記事として実際に住んでる感じを再現していました。

その記事を見てはぴらき氏のファンになったのでした。

 

実のところ、竪穴式住居の住心地について検索して、唯一のヒットがはぴらき氏のブログでした。

だからこそ、「あー、自分と感性が近い人がいるんだあ!!」という強い共感性を生んだのでした。

仮にこれが、一般的な内容の記事だった場合、どれだけ記事の内容が良かろうとその人のファンになることは無かったと思います。


自分は与沢翼が好きです。

成金的なイメージがあって、元々はあまり良く思っていませんでしたが、YouTubeのおすすめ動画に与沢翼の言葉の転載動画が表示され何気なく再生したのをきっかけに考えが変わりました。

与沢翼は、

  • 9割が良い社員であろうと、1割のトラブルを避けるため社員を雇わない。
  • 融資を受けない。
  • 自由時間の95%は一人で過ごす。
  • 友人と会って富が得られることは無い。
  • 会合、挨拶、親睦会、飲み会が富に繋がる可能性は極めて低い。

というような事を言っていたのです。

動画を見たときが、

「私は外部との交流を絶ったほうが良いのではないか?」

と、思い始めていた時期だったので、尚更このような言葉に勇気づけられたのです。

 

ネット上にある成功者が語る一般論には、

  • コラボ
  • 助け合い
  • 友情
  • 連携連帯

の尊さを説くものが多く、外部との交流を経とうとしていた自分を迷わせる内容でした。

世の中には、一般論をスピーカーのように繰り返す内容のネットコンテンツが多いですが、非一般論でなおかつ共感できるからこそ、その発信者のファンになるわけで、スピーカーのファンになることはあり得ないと思います。

なおかつ、一般論の比率をさらに歪めるようなスピーカー的発信は、一般論から外れた私のような人間を苦しめるものなのです。

非一般論でなおかつ共感できるからこそ、私は与沢翼が好きになったのです。

与沢翼の喋りがどれだけ上手かろうと、一般論を喋っていたら一瞬で再生を止めたでしょう。

 


さらに考えてみると、

成功者が人とつながる大切さを強調するのは、新規参入者の利益を自分に分配させたり(提携、融資)、弱者から搾取する意図(セミナー、サロン、見習い)があると思います。

昔でしたら、戦争は人数が多いほど有利になるので、繋がり合うことは重要だったかも知れません。

しかし結局の所、末端に与えられるのは大きな組織に所属する安心感だったり名誉のみで、利益はトップが独占するものです。

平和でインターネットの発達した現代ではなおさら、繋がり合うことによる価値の創造は無いと思います。

仮にスキルの無い100万人が集まっても、ワンピースより面白いマンガを書くことは出来ません。

まず個人としての能力を高めた上で、苦手な分野を外注するという意味で人と関わることはあると思います。

しかし、初めから協力ありきで人数が集まったところで、価値が生まれることはないと思います。


もしかしたら、このような文章を読んで、連帯を大切にしている人は反感を持つかも知れません。

しかし私は、一般論から外れている人に文章を届けたいのです。

一般論ではないからこそ、価値があると思います。

ツイッターなどでも、自由に発言した場合、離れていくフォロワーもいると思いますが、それでもなお残る人に届けたいのです。

(まあそれでも無意味に炎上させたいとは思わないので、表現はなるべく丸くしようとは思ってますが、多分)

 

私は、これからも持論おじさんとしてやっていきます。

私は、スピーカーにもニュースにもなる気はありません。

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