不確実性の中で99%勝つ

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自分は数年前、2ヶ月間だけパチスロに真面目に取り組んでいた時期がありました。

当時の上司からの教えのおかげで、5万円ほど勝つことが出来ました。

 

パチスロに詳しくない人は意外に思われるかも知れませんが、パチスロは正しく行えば、ほぼ100%勝てます。

パチスロ台には設定というものがありまして、設定1がしょぼくて、設定6は良い台となります。

設定6の台の期待値は、機種により異なりますが大体105%から110%です。

期待値とは、投資額に対してのリターン大きさのことです。

例えばコイントスで表裏を当てるゲームがあるとします。

100円の参加費で当たれば210円、外せば0円とすれば、期待値は105%となります。

この期待値でコイントスをする場合、数回のゲーム数では損をすることもありますが、100回やればほぼ100%勝てますよね?

これはパチスロも同じ話で、パチスロは期待値が100%以上の台を無限にプレイすれば必ず勝てるのです。

パチスロの場合、設定6を1万回転プレイすれば、収支はかなりの確率でプラスで終わると思います。(詳しい勝率は知らないです)。

しかもパチスロの台の設定は、簡単に見分けられます。

設定が良い台は期待値が高い、つまり当たりが出る確率が高いという事です。

パチスロ台には、一日の総回転数と、ボーナス(大当たり)回数が表示されるようになっているので、

総回転数÷ボーナス回数を計算すれば、自ずと設定は算出できるのです。(それ以外にも、期待値をプラスに変えるテクニックは色々あるみたいです)。


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こんなに簡単なのに、なぜみんなやらないんだ?筆者はなぜ2ヶ月で辞めたんだ?と皆様は思われるかも知れませんが、やってみるとこれがめっちゃシンドいのです。

 

筆者がやっていた手法は、当日の回転数が6000以上で、計算上設定が7相当以上の台のみ打つというものです。

それ以外の台は何があろうと打ってはいけません。

当然そういう台には先客がいるので、筆者はその人が帰るまで何時間でもベンチに座って待っていました。

そもそも、回転数が6000以上、設定が7相当以上という台はかなり少ないですし、先客が帰る保証などどこにもありません。

筆者がパチスロ店に行って、実際に打つのは20%ぐらいで、それ以外は時間を失うだけで何もせずに家に帰っていました。

儲けようと思ってパチスロ店に行くのに、何もせずに帰るというのはかなりの精神的苦痛を伴います。

なおかつ、実際にパチスロ台に座る以外の時間が長いので、時給換算すると確か300円ぐらいだったと思います。

そういう厳しさと、筆者は動体視力が悪く目押しを外しがちということもあり、2ヶ月で引退することとなったのでした。


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では、筆者がパチスロを打っていたときの心理状態について説明させてください。

これはこの記事でかなり重要な部分です。

 

一つは、自分の台が高設定である確信を持てない、という気持ちが常にありました。

確かに計算上設定が高いであろう台を打っているのですが、低い設定の台が運良く高設定のような挙動をしたという可能性もゼロではありません。

絶対的な確信を持つことは不可能なのです。

 

2つ目は、いざ座っても台を回す(プレイする)のがシンドいということです。

良設定を打っていた先客が帰るのは大抵閉店前です。

時間が無いため台を多く回せず、確率が収束しないので、期待値が高かろうと一日単位で負けることは普通にありえます。

儲けるためにパチスロ店に行ってるのに、何時間もベンチで待ち、いざ打って負けたとしたら穏やかな気分でいられるはずがありません。

正直なところ打っている時は「勝つのが当たり前なんだからさっさと当たれや」と思っていました。

ギャンブルではなく、高い期待値を、多くの試行回数で確率を収束させながら回収するという感覚でパチスロを打っていたので、全くワクワクしないし、完全なる単純作業となっていました。

本来パチスロは遊戯ですが、立ち回りからギャンブル性を無くすと、一気に仕事の感覚となるのです。

冷めた気持ちでパチスロをしながら、

「回すのシンドいし一瞬で終わらんかなー」「一喜一憂したくないから、1回転ずつ期待値通りにの払い出しにならんかなあ」

という望みが湧いてきたのを覚えています。

ココまでに出てきた出来事をまとめると、

  1. 判断に確信を持てない。
  2. 結果が出るのに時間がかかる。
  3. 短期的には、期待から外れることもある。

となりますが、この3要素を見返すと、人生観的にもヤバイほど重要な事項だと気が付きました。


😫

パチスロは理想の立ち回りをしても、短期的には負けることもあります。

それは、パチスロのランダム性が大きいからです。

当たる確率が50%のものは、ググったところによると400回ぐらいで確率は収束するみたいです。

しかしパチスロは大当たりの確率が0.3%ぐらいだったりするので、確率が収束するのに多くの試行回数を必要とします。

筆者は、2ヶ月間で何回回したかは忘れましたが、幸運にも期待値の2倍の収支を得ていたことは覚えています。

逆に言えば、期待値より低い収支の可能性もあったということです。

収支と期待値を一致させるには、多分10万回転ぐらい試行しないといけないと思います。(計算式があるようだが、筆者には分からない)。

そう考えると、理想的な立ち回りをしたとしても、3ヶ月レベルでは負けることも十分にありえそうですよね。

もし3ヶ月も頑張って収支がマイナスだったら、いかに理論上の期待値がプラスであろうと心は折れると思います。


ではパチスロ機からランダム性を無くしたとします。

設定6の場合パチスロ機は、

60円を入れると63円が出てくるだけの機械と化します。

設定1の場合は、60円入れると57円が出てくることになります。

 

この場合、自分の座った台が設定6だったら最高です。

なにせ一回回して63円が出れば、設定6が確定するわけですから、精神的な葛藤は起きません。

そして一日で約10000回転回せるので、日給3万円と考えるとそんなに悪くありません。

自分の座った台が設定1だったとしても、一回転で分かるわけですから、3円損するだけで済みます。

時間の損もないし良いこと尽くめですね。

ランダム性を無くすことにより、

  1. 判断に確信を持てない。
  2. 結果が出るのに時間がかかる。
  3. 短期的には、期待から外れることもある。

という負の要素を排除することが出来ますね😋😋😋


しかし、実際にこんなパチスロ店があったら経営出来ないでしょう。

パチスロ店が収益を出すには、客に期待値がマイナスの台を打たせる必要があります。

1回転で設定が分かってしまうなら、低設定の台など誰も打ちません。

そう考えると、精神を疲弊させるランダム性ですが、本来は感謝しなければならないということに気が付きます。

そもそも、自分に期待値がプラスのものに触れるチャンスが巡るのは、ランダム性があるからなのです。

逆に言うと、確実性の中に優位性は無いということにもなります。


💱

投資の世界で確実性が高いものといえば、国債が挙げられますが、殆どの場合定期預金と同じ程度のリターンしか得ることが出来ません。

確実性が高い商品ほど期待値は低くなります。

 

仮に「一年後に100%の確率で100円になる株」があるとしたら、あなたはいくらで買いますか?

少なくとも100円以上で買うと損をすることは分かりますね?

これも結局は、預金利率を元に価格が決まると思います。

日本で言えば99.99円ぐらいアメリカで言えば98円ぐらいでしょうか?

確実性があるものは、最強に確実である預金金利と比較され値段が自然と決まるのです。

 

では「1年後に99%の確率で100円、1%で0円になる株」があったらいくらで買いますか?

急速に値付けが難しくなりますよね?

期待値的に言えば、95円ぐらいで売っていたらすごく買いだと思うのですが、それに全財産をつぎ込む気にはなりません。

万が一の破産リスクを受け入れられないからです。

この株を買いたがる人も、勝率100%の時と比べると激減すると思います。

人には利益よりも損失の方を過大評価するという心理があるからです。(プロスペクト理論)

宝くじで100万円を当てて、すぐに100万円を落として失くした場合、残るのは負の感情であることは想像に難しくありません。

 

では「1年後に99%の確率で100円、1%で0円になる株」を一万種類買えるとしたらどうでしょうか?

その場合、全財産をつぎ込んだとしてもリスクの分散により、破産のリスクはほぼ無くなります。

98円で買えば、銀行預金よりマシになります。

95円で買えば、かなり良い投資になると思います。

そして1%の不確実性により、この株の人気はかなり下がるので、安い値段で買える可能性は高くなります。

そして、これはパチスロの試行回数による、期待値の収束の話と同じであることに気が付いたでしょうか?


💡

ココまでで、

  • 確実なものに優位性は無い
  • ランダム性は、試行回数で薄められる

という話を書きました。

この2つの要素を並べると、

「不確実な事を大量にやるのが一番儲かる!!!!」

ということにおのずと気が付いてしまいます。

ついに真理にたどり着いてしまいました。


💩

人生とは、確実性の追求と失敗の繰り返しではないでしょうか?

日本人は確実性を追求した結果、終身雇用や年金、社会保障制度を作り出しましたが、そのどれもが破綻に向かっています。

 

確実性を求める心は、おそらく人間の本能なのでしょう。

しかし悲しいかな人間には寿命があり、確実性が成就しないことは死を持って証明されてしまうのです。

 

しかし、そんな不確実な人生において、唯一擬似的な確実性を手に入れる方法は、

「大量の不確実性を受け入れる」ことのみだと思います。

 

人は、勝率の高いものに一点投資をしがちだと思います。

学歴に関してもそうです。

より高い勝率を求めて大学に行くのだと思いますが、4年と学費をかけて、得られるリターンにはランダム性があります。

知り合いに、大学で優秀だった人がいますが、不衛生で体臭がきついのと、異常に不器用なのと、コミュニケーション能力に難があるせいで、現在大学で学んだことを活かせる状況にありません。

ある意味、大学という投資に失敗したとも言えます。

確かに、大学進学の期待値は100%よりは上だと思います。

しかしそれはあくまで統計的な正しさで、個人レベルで言えばほとんど意味のないレベルになっているのではないでしょうか?

人生において4年という時間と学費はあまりにも重すぎるのです。

個人レベルでうまくやろうとするなら、一ヶ月で習得できるスキルを4年で48個習得したほうが大学に4年を使うより勝率は高いと思います。

48種類のスキルの選出も、有名資格などは避け、なるべく役に立たなそうなものにしたほうが良いでしょう。

確実性は人から過度に評価され、過当競争になります。

そういう確実性の高いスキルに優位性は残されていないのです。

そして、習得するスキルの選出に自分なりのポリシーを持つことが、期待値を上げる事、パチスロでいう高設定台の見分け方のに当たるものになるでしょう。

例えばでいうと、

  • 人が喜びそう
  • 誰もやらなそう

という方針に従って48種類も行動を起こせば、流石に何かは実を結びそうだと思いませんか?


スキルの習得において、実績が無いものに真剣に取り組む人はほとんどいません。

それは、努力が実を結ばない可能性があるからです。

逆に言えば、実績のあるスキルは必ず過当競争になります。

プロ野球なんてのはまさにそうでしょう。

多額の年俸という実績をもとに、多くの少年や両親が野球に取り組みます。

強豪の少年野球なんかは、むしろ親御さんの熱がすごいという話も聞きます。

 

しかし冷静に考えてみましょう。

野球の期待値って何%だと思いますか?

野球に取り組んだ人の内、何人がそのスキルを金に替えられたと思いますか?

何人が、投資した時間と金を回収できたと思いますか?

具体的な計算はできませんが、期待値は0.0001%ぐらいじゃないでしょうか?

(成功率じゃなくて期待値ですよ?)(野球にはお金に変えられない価値もあると思います、野球好きの人すいません)。

 

仮に子供を億万長者に育てようと考えたとき、

やらせるべきことは、色々なことに挑戦させることであり、野球をさせることでは決してありません。

子供に野球をやらせたがる両親は多いと思いますが、それは大成功への道筋をそれしか知らないからだと思います。

テレビで億の年俸を貰っている選手を見て挑戦させようと思い立つわけですが、当然成功率の低さも承知の上だと思います。

しかし、それ以外に億万長者になる方法が分からないから、期待値と成功率の低さを受け入れつつも、その選択をするしか無いのです。

他にも、子供に行動を押し付ける両親は多いと思います。

ゴルフやらせる親もいるみたいですね。後は高学歴や大企業勤務の押し付けでしょうか。

しかしこの両親たちは、

「子供が将来、現在存在しない手法で成功する」可能性に気が付いていないのです。


今存在しないことは、将来も存在しないと考えることはあまりにも愚かです。

コンピューターがない時代に、子供をプログラマーにさせようとした親はいません。

ネットが普及していない時代に、子供にYouTuberをさせようとした親はいません。

しかし、双方ともその分野で大きな成功を収めている人がいます。

なぜ彼らが成功できたというと、実績のない分野での努力が出来たからです。

彼らのマインドは、まさに「大量の不確実性を受け入れている」状態だと思います。

繰り返しますが、実績のあるスキルは必ず過当競争になります。

なぜ過当競争になるかというと、人は実績と確実性を好むからです。

そして過当競争は、期待値を下げる原因となります。

 

実績のない分野での努力とは、まさに不確実性の極みだと思います。

人は、不確実性を好みません。

しかし新分野での成功者が、なぜ不確実な努力ができたのかというと、おそらく本能的に期待値の計算をしていたのだと思います。

現在自分が行っている、不確実な努力が実は一番期待値が高いということを理解していたのでしょう。

 

自分の知らない分野を見たときに「なんか面白そう」と思うことってありますよね?

実はあの「面白そう」っていう感情は、潜在的な期待値の高いものに感じるものなのではないかと思っています。

世の中には、自発的に受験勉強をする人もいれば、嫌々押し付けられながら受験勉強をする人もいます。

あのモチベーションの違いは、その人が感じる期待値の違いなのではないでしょうか?

受験勉強に嫌な感情がある人は、勉強以外に期待値が高いものがあることを潜在的に知っているのでしょう。

 

やりたいことが無い、面白そうなことが無いという人は多いと思いますが、

おそらく、確実性、実績の有無に囚われているのだと思います。

でも、ココまで長い文章を読んで頂けたのなら分かってきたのではないでしょうか?

確実性があり、実績のある分野に優位性はありません。

この事が分かれば、逆に不確実性が大好きになってきませんか?

そして、世の中には不確実なものが無限に転がっています。

身の回りに、大好きな不確実性ちゃんがたくさんいるなんて、こんなに幸運なことは他にありません。

 

  1. 判断に確信を持てない。
  2. 結果が出るのに時間がかかる。
  3. 短期的には、期待から外れることもある。

そんな努力は、殆どの人には出来ません。

だからこそ、そこに優位性が生まれるのですが、期待値と確率の収束を理解すれば、逆に不確実性を愛さずにはいられなくなるのです。(そうなるはずなのです)。


📈

人生を成功させるには、

期待値の高い行動を取る必要があります。

しかし、期待値の高い行動は、総じて勝率が低く実績も無いものです。

そのため、試行回数を増やす必要があります。

また、自分が面白そうと感じる直感により、物事の期待値を測ることが出来ます。

 

まとめます。

面白そうなことをいっぱいやる!

これで人生うまく行きます。

以上💩

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