信頼

自動化

自分は無職で収入がありません。

現在、会社員時代の貯金を運用して稼ごうとしています。

 

約3週間余計な情報を遮断し、自己啓発的な動画を無限にループしたり、押し入れに入って瞑想しメンタルを完全に切り替え、

その後一ヶ月かけて約2000社のチャート分析、売買戦略の作成とプログラミングの習得、バックテストによる売買戦略の優位性の検証をひたすらやりました。

 

2ヶ月ほど前までは、暗中模索状態でしたが、これにより一筋の道が見えました。

 

また、売買シグナルはプログラミングにより自動化したので、

基本的に毎日暇になりました。

暇の作り方

投資を始めた当初、この業界はものすごく時間をかけて、常に勉強し続けなければならない、という思い込みをしていましたが、

ファンダメンタル(ニュース)を9割方切り捨てることと、テクニカル分析の自動化により、

毎日数分のチェックで運用できる状態にできたのは、自分の人生的に大きいと思っています。

(まだ成功が確定しているわけではないが…)

 

物事には本質があり、本質を突けば大きな成果を得られると、世の中の成功おじさんは口を揃えて言います。

投資の本質は「稼ぐ」ことであり、ニュースに詳しくなることではありません。

株価は人の心理が決め、心理はチャートに現れるというのが、テクニカル分析の考え方です。多分。

 

自分は4年ほど前から投資に興味を持ち、運用をしていましたがいまいち稼げませんでした。(ギリプラスだったのは不幸中の幸い)。

それは、ニュースばかり見て

「いつ買って、いつ売るか」

という視点が無かったからです。

(下がったら買えば良いんやろ、ぐらいに考えてはいたが、具体的なルールがなかった)。

 

「いつ買って、いつ売るか」さえ分かれば、

投資先は何だって良いのです。

株でも為替でも仮想通貨でも金でも原油でも不動産でも

何であれ儲けることができます。

 

本質のみを突くことで、自分は多くの時間を手にできると実感しました。

次の一手

無職かつ一日に数分しか作業が発生しない、ということで、

何かにどっぷり取り組む時間ができました。

 

自分はクリエイターに憧れがあるので、基本的にはそういう方向で今後どうあるべきかを練っています。

「一億円理論」で最近の自分は行動指針を決めています。

 

一億円稼ぐには

 

「物事の本質 努力の方向性」を

間違えないために、自分は、

「ワンチャン年収一億稼げる努力しかしない

という指針で行動を考えています。

 

人生には、あまりにも選択肢が多すぎます。

多すぎる選択肢は、苦しみを生むと自分は考えています。

「年収200万円でいいや」

と仮に考えたとします。

すると、選択肢が膨大になり、何をして良いのかわからなくなります。

 

ワンチャン年収一億という縛りで考えると、選択肢が絞られます。

「漫画家は良いけどアニメーターは駄目だな」とか。

「YouTuberでも、広告のみだと厳しいな」

「飲食店ははじめから拡大路線を意識しないと駄目だな」とか色々です。

 

一億円理論でも残った選択肢に共通点があり、

「本質」はその中にあるのではないかと思ってます。たぶん

本質とは

自分は、自分がそれなりに苦痛でないことで一億円稼げるかどうかシミュレーションしましたが、

厳しい、という結論に至りました。

 

ただココで言うシミュレーションはあくまで、

現代社会でのことで、時代は変わるものなのです。

 

ヒカキン氏は、YouTubeでの収益化が存在しないときから動画を上げていましたし、

2ちゃんねるのひろゆき氏は、インターネットで収益を挙げられない時代から、

管理コストや訴訟リスクを抱えながら2ちゃんねるの運営を継続していました。

 

収益方法というのは、時代によって拡張するものであり、現代の考えで一億円の収益について考えるのは浅はかだと思います。

 

現状で収益化できずとも「本質」さえ押さえれば、

収益は後からついてくるものだと思います。

 

では本質とは何でしょうか?

それは、スバリ!!!

信頼×ストーリーです!!!!!

信頼が価値を生み、ストーリーが希少性を付加します。

 

ストーリーは、

制作物そのもの又は、自分の生きざまに付与します。

継続するストーリーは代替不可能であり、希少性をもたらします。

またこれは、自分が今後も存在し続けるという宣言になり、信頼を補強します。

信頼

信頼という単語は使い古されすぎて、もはやうさん臭い感じすら漂っていますが、なんだかんだで便利な単語です。

 

では信頼とは何か?と言えばそれは、

品質×納期です!!!!!!

クリエイターで言うと、

面白さ×配信頻度 という事になります。

 

面白さの重要性は言わずもがなでしょう。

 

配信頻度の重要性ですが、そもそも作品は公開してなんぼということです。

面白さを提供できる、という世間からの信頼がない状態では、

作品を真面目に公開することは、最低限の誠意だと思います。

ハンターハンターのように、不定期更新でも人気の作品はありますが、あれは長年の実績によって信頼を得たからこそのものであり、素人が真似して良いものではありません。

面白さ

品質の定義は、業種によって異なってきますが、

自分はクリエイター志望なので品質を面白さの度合いで測ることにします。

 

では、面白いとは何なのでしょうか?

これは最も根源的で難しい問いだと思います。

 

面白いもの思い浮かべる場合、

情報から来るものと、感情から来るものの、2種類に大きく分類できると思います。

 

「情報から来る面白さ」とは

  • 海外旅行に行った
  • 思いがけない事件に巻き込まれた
  • 独自な研究
  • 深い人生経験をした

等、情報として希少なものから来る面白さのことです。

 

世の中のコンテンツはかなりの確率で、こういうおもしろネタの提供によって構成されていますが、

情報(ネタ)探しを追求するのは、

本質から外れていると自分は考えます。

ボトルガム論

そう思ったきっかけは、ダウンタウン松本の

「ボトルガムをこぼした話」が面白かったからです。

参照検索ワード「松本ひとし たばこやめても何もええことない」

ボトルガムをこぼすエピソードに、情報としての面白さは全くありません。

しかしこれが、聞くと笑ってしまうのです。

 

「面白い」とはいかに人の心を動かすかであり、

情報提供は必須ではないなーと、この時思ったのです。

 

あくまで、情報としての面白さはエッセンスに過ぎず、

本質的に重要なのは、どのように伝えるかだと思います。

もちろん面白エピソードがあるに越したことはないのですが、

面白い伝え方を先に習得しないと、ものすごいロスが発生するということです。

ここからは、面白いとは何かということを、感情面から考えていきます。

面白さの法則

面白いとはどういうことか分析した結果、

「安心と不安」のコントロール、という結論に至りました。(2019−5現在)

 

不安から安心に心境が変化するときに、人は面白いと感じるのです。たぶん

例を挙げていきます。

ボケツッコミ

お笑いの基本形である漫才は、ボケ役とツッコミ役に分かれますが、

これを「安心と不安」の側面から分析していきます。

 

例えば、

ボケ役がよく分からんことを言う。

ツッコミを入れて笑いを取る。

という構図は、観客に

ボケ役のよく分からん発言を聞く。(不安)

正論により会話にバランスが生まれる。(安心)

という心理変化を起こしており、

安心したタイミングで笑いが起きることが分かります。

逆もまた然りで、

ありふれたつまらない会話。(不安)

ボケ役の思いがけない発言で笑う。(安心)

という状況もありえます。

 

正論ばかり聞いても不安になりますし、

曲論ばかり続いても不安になるものです。

安心のゾーンは、ボケとツッコミの間にあるもので、

あたかも綱引きのように引っ張り合いながら調和を取っているのです。

ネタ振り

ネタ振りで言うと、見る側は

期待した反応をしてくれるか分からない(不安)

期待した反応をしてくれた(安心)

という心理変化をしており、

安心したタイミングで笑うことが分かります。

間と発言

喋りにおいて、間は重要だと言われますが、

仕組みは、ボケとツッコミと大体同じで、

(不安)   発言(安心)
発言しっぱなし(不安)   間(安心)

という形となります。

 

間ばっかりでも不安になりますし、

逆に喋りっぱなしでも、聴く側は不安になります。

聴く側の欲しいタイミングで欲しいものを提供するのが原則となります。

アンパンマン

日常(安心)

バイキンマン(不安)

成敗(安心)

という流れとなっており、不安の解消はシナリオの基本なのだと思います。

 

また、安心と不安を何度も往復した上で、

あえて話の最後に不安の要素を残せばそれがいわゆる引きとなり、

安心を得たいという欲求が、話の続きを求める力になります。

しかし前提として、事前に安心と不安を何度も往復することが重要で、次回作で安心を得られると確信して貰えなければ、視聴者は離れてしまいます。

音楽

音楽のコード進行の考え方として、

ドミナンドコード(不安定)からトニックコード(安定)に繋げるという基本があります。

これもまた、不安と安心の関係性と近いものを感じます。

安心へのスピード

不安が安心に変わる時、面白さが発生するという話をしましたが、

補足として、

よりスピーディーに安心に切り替わるほど面白さが増します。

 

ボクシングでは、素早く殴るほどダメージが大きくなるように、

安心への変化も、素早いほど面白くなります。

 

ツッコミで言うと、

より短く、的確な指摘であるほど面白くなります。

ボケでも、

端的な表現や例え話などを使い、より短い時間で観客に具体的なイメージを呼び起こさせるほど面白くなります。

長々とした説明で、思い切り笑える事なんてほぼ無いですよね?

 

あだ名なんかも同じで、より短く的確に人物を表すものが、根強く残ると思います。

端的な表現が、パッと出ることが笑いのセンスなのかも知れません。

 

面白さの本質は、

ゆっくり不安にさせて、急激に安心させる

だと思います。

たぶんね。そんな気しない?

安心からの共感

さて、

ここまで説明した安心と不安のコントロールで大体の面白さは作れると思いますが、

抱腹絶倒レベルに至るには、共感のフェーズを超えなければなりません。

 

想像してみてください。

いきなり知らん人が出てきて、即笑うって無いですよね?

漫才でも、始まっていきなり面白いなんて無いと思います。

理由は、共感という言葉で説明できます。

 

良いコンテンツの共通点だと思いますが、話は軽い内容から始まるものです。

そして軽い内容で「不安→安心」という流れを何度も繰り返します。

これによりお客さんは、コンテンツが、

「欲しい時に、欲しい言葉をくれている」と感じるはずです。

それはあたかも、目の前のコンテンツが自分の思い通りになっているかのような錯覚を起こします。

そして、コンテンツに没入している状態になります。

鏡を見るが如く、演者と自分自身がごっちゃになっているかのような心理になるのです。

それが共感のフェーズです。

お客さんがコンテンツを信頼した証です。

めちゃくちゃ話の合う人と話すとテンションが上がるのと同じ感じです。

 

この状態で、めちゃくちゃ感情的な表現をすると、お客さんはその感情に引っ張られて笑ったり感動してしまうのです。

 

漫才でいうと、異様なほど熱っぽく喋ったり、

漫画でいうと「ドンッ!!!!!!」な辺りです。

 

いきなり感情的な表現をしても意味がないのです。

共感のフェーズに至ったからこその感情的な表現なのです。

漫才が、登場いきなりで面白くなんてならないのはこういう理由です。

これからどうするのか

安心という側面から分析することで、多くの共通点が見えてきました。

今後コンテンツ作りをする上で、それなりに根拠を持った制作ができるのではと思っております。

 

ただ、自分はクリエイター志望ですが、クリエイター的な性格ではありません。

謎の熱量や狂気は一切なく、この記事でも分かるように、ゆっくりと分析をするのが好きなタイプの人間です。

 

そんな人間ですが、会社勤めしたくありませんし、社会的承認を受けつつお金持ちでモテモテになりたいのです。

 

今までの自分は、

「このままじゃダメだ!やる気を出さないと!!!」

と、焦りの気持ちから行動を起こすものの、迷走し挫折するというパターンを無限に繰り返してきました。

じっくり分析をする性格を、がむしゃらに行動する性格に変えなければならないと思っていたのです。

 

しかし、根拠のない行動というのは、

目をとじてドラクエをするようなもので、確かにクリアする可能性はゼロではないですが、成功確率は低いし、喜びを感じることもないと思うのです。

 

現在の自分は、クリエイター志望ですがクリエイトはしていません。

しかし、行動の根拠を構築しているのです。

コンテンツを作るのなら、面白さの法則の発見から取り掛かりますし、水面下での活動が多いです。

しかし、一度作り上げた根拠は汎用性が高く、かなりの期間自分を助けてくれるものだと思っています。

つまり、今の自分は後退しにくい仕組みづくりの上で進歩しているのです。

 

最強のおじさんになるのは、あしたかもしれない。

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