俺楽しんでるぜアピールは見てて辛い

SNSでたまに、

「イラスト書くの超楽しいわあ!」「仕事楽しいわあ!!」「本読んだわあ!!!」

という、自分頑張ってる自分楽しんでる、的な内容の投稿を見かけることがあります。

筆者自身も、もっと頑張っていきたいなあ、楽しいこと見つけたいなあ、と思っているタイプなので、本来はそういう投稿に好感を持ってもおかしくありません。

でも、見てて辛くなるんですよね。

 

この現象について考えました。


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例えば朝起きて、いつも通りの至って普通なうんこをした時、わざわざSNSで報告しないですよね?

「今、普通のうんこが出ました。」とかツイートしないですよね?

でも、めちゃくちゃ気持ちよくブリブリブリブリッッ!!!ってうんこが出たら、

「今日のうんこ、めっちゃ気持ちよく出たわwww」

的なツイートをしてもおかしくはないと思います。

 

この違いは何なんだろと考えたら、日常と非日常の違いだと思ってて、

非日常的なことだから他人に報告したくなって、SNSに投稿するのだと思います。


ですから、基本的にSNSのタイムラインは

非日常な事、イベント事、の内容で埋め尽くされるはずです。

 

ではそういう視点から、「自分楽しんでるぜアピール」の投稿を分析してみましょう。

その人は、楽しい状態が非日常的だから投稿しているわけです。

つまり、いつもは楽しくないのです。

「イラスト書くの楽しいなあwwww」と投稿している人は、いつもは全然楽しんで描いていないのです。

 

楽しんでいる、頑張っているアピールをする人の中にはどのような意図があるのでしょうか?

  1. 非日常的だから、テンション上がっている。
  2. 自分を鼓舞している。
  3. 第三者へ向けたセルフブランディング。

等が考えられます。

確かに、自分が楽しんでいることを再確認、楽しんでいる自分を鼓舞することで、その楽しさが日常化する過程である可能性もあります。

しかし、あくまで現状はそれが非日常的であることに変わりはありません。

更に、他人へのアピールである場合は、非常に見ていて不安になります。

その人の真意が何なのか見えづらくなるからです。

 

結局の所、「自分楽しんでる、頑張ってる」アピールの投稿を見て辛くなるのは、それが、

自然体じゃないからだと思います。

役者の棒演技を見たり、子役の学芸的な喋りを見た時の不快感と同じなのです。

あれも、自然体じゃない、本心じゃない事が明らかに分かるから、見てて辛くなるのです。

悪い言葉を使うと、嘘をつかれる時の不信感なのです。


自分が頑張っていること、自分が楽しいことが当然なものとして、日常化している人は、いちいちそれを他人に報告しないのではないでしょうか?

あったとしても「淡々とした進捗報告、実績報告、告知」に留まると思います。

一概に全てがそうとも限りませんが、私にはそう思えてしまうのです。

だから、私はそういう自然体ではない人の投稿はあまり見ません。


皆さんから見て、私は自然体に見えるのでしょうか?

私はなるべく自然体でいて、自分の評価を作為的に上げさせる意図の内容の発信はなるべくしないようにしています。

しかし、会社員時代や直後はストレスで頭が狂っていたので、そういうポリシーもなくグチャグチャだったと思います。

現在も割と黎明期的な感じがありまして、割とグチャグチャしています。

しかし、理想の自分の定義と、理想状態の日常化。

それが完遂したとき、私は、全然グチャグチャしてない自然体おじさんとなって、SNSのタイムラインも不快ではないものになるでしょう。

終わり。

 

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