地味にやる

俺は、なにかを創作して発信したいが、迷走しがちなのでここで発信者についての理論をはっきりさせていきたいと思う。

 

発信者は

  1. 言論系の発信者
  2. 創作系の発信者

の2つに分けることができると思う。

言論系は、主にツイッター等で「強気」な発言をしている人たちのことで、

投資論、仕事論、成功論などを発信し、セミナーや自己啓発本制作に力を入れている人のことである。

代表例としてはホリエモンが当てはまると思う。

 

創作系は、漫画家やミュージシャン等の創作家全般が当てはまり、周囲からは「謙虚」な姿勢を求められることが多い。

 

言論系は→「強気」

創作系は→「謙虚」

という風に分類することもできる。

 

言論系の発信者は、言論によって人の心を動かす必要があるので、発言はインパクトを求め、「攻撃的断言的理想的」なものを求められる。

創作系の発信者は「謙虚」さを求められるが、これは創作系だからというわけでなく、人は人に謙虚さを求めるものである。


さて、発信者を2つに分類したところで、俺はどっちなのかを考えてみたい。

自分はこの記事のように分析したりすることが多いので、どちらかと言うと言論系の発信に向いていると思う。

しかし、俺は言論系の発信者になりたいとは思わない。

なぜなら、激しい戦いの日々にさらされるからだ。

 

基本的に発信というのは、人の心を動かすものだと思う。

人の心を動かすため、言論は極端になりがちだ。

極端な言論は、その逆の立場にいる人達を傷つけ敵に回すことになる。

また、ファンの信頼を得るために「最速で年収一千万」「誰にでもできます」「あなたの夢は必ず叶います」等々、不誠実な文言を使う必要があり、これが新たなアンチを生むことになる。

自分はアンチの多い環境で生きて行きたいと思わない。

 

また、コンテンツを言論に絞るというのは非常にリスクの高いことだと思う。

なぜなら言論が弱くなってしまった場合、他にスキルがなければ自分の価値がゼロになってしまうからだ。(例えば創作系の発信者であれば、人柄は悪いけど絵は上手い、というような逃げ道がある)。

言論系の発信者は、その立場の危うさから、弱点を表に晒すことができず、常に何かと戦い、なおかつ必ず勝たなければならないという状況で暮らすことになる。

 


 

それなら、創作系の発信者になろう!と簡単にはいかない。

創作には才能がある。

なんだかんだで成功してる人はADHDっぽい人が多く見られ、強烈な情熱と危機感を持っている人たちと、同じ土俵で比較されることになるわけである。

言論系っぽい人が自分の箔付けのために創作分野に手を出すことはよくあるが、やはり本職には敵わないのが実情だし、客観的に見てもちょっとずれてる感が出てしまうものだ。

また認知されている界隈をまたごうとすると、大きなバッシングを受ける。

 


 

漫画家でも、インテリぶったツイートで言論を展開する人は嫌われるし、

言論で成功している人が、創作に手を出しても、誰も本気だとは捉えてくれない。

果たして、言論系の素質のある俺が、創作系で成功するにはどうしたら良いだろうか?

これに関しては、「地味に頑張る」以外に無い。

 


 

創作系の魅力は、人格や信頼に関係なく、手にしたスキルは力になるということである。

元来の創作系の人のような爆発的な活躍は目指さず、地道に目立たず継続し、確かなスキルを構築するしか無いと思っている。

 

またその過程で、不必要な反発を喰らわないように、言論はしないようにしたい。

正確に言うと「強気な発言をしない」ということを徹底していきたいと思う。

創作系の人たちに求められているのは、言論系とは真逆であり、「弱者 謙虚 苦しみ」の姿勢だ。

一旦言論側の人間と認識されると、創作側に移るのは極めて困難なので、雑魚と見られるように振る舞っていきたい。

 

しかし、なんだかんだで人は向いている分野が一番自然体で成果を挙げられるので、いろいろな一面を表に出して周りの反応を確かめたいが、下手にテクニックで目立って成功してしまうと、スキルを高めるモチベーションがなくなるので、今はとにかく目立たないことが一番大事だと思って地味にやっていくと思う。多分。

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