学者はなぜ話がつまらないのか

妄想でシコれるからである。

書いていく。

世界設定大好きおじさん

筆者はゲームのオープニングで、

いきなり世界観の説明が長々と始まったら、

嫌になる。

 

プレイが始まっていないゲームの世界観など、

全然知らん人のプロフィールのようなものであり、

説明されても、

筆者には全く面白いと思えないのだ。(ゲームが進むに連れて、徐々に世界観が明らかになっていくのは好き)。

 

ただ、こういう

ゲームのプレイ体験の楽しさより、

世界観の説明に時間を割く作品は意外と多く、

筆者にはよくわからない状況だった。

 

映画評論 科学的正しさおじさん

筆者はアマゾンプライムで映画を見て、

視聴後に、コメント欄を見ることがあるのだが、

シン・ゴジラで「あんな方法で凝固剤は注入できないンゴォォォォォ!」

とか、

インターステラーで「あんなの科学的におかしいンゴォォぉぉ!!!」

とか、

そういうコメントがされているのを見て驚くことがある。

 

筆者は、協力しあって困難を乗り越える姿や、

家族愛に感動するのであって、

細かい科学的なことは、

作品内でそうなってるのだから、そうなんだろ。

としか思えないからだ。

情報そのもの大好きおじさん

世界観を語りたがるゲーム開発者や、

映画の科学的正しさに執着する人がいる、

ということが分かってきた。

 

こういう人たちはおそらく、

情報そのものに興味があるのだと思う。

多分ガンダムの

全長が〇〇メートル
重量が〇〇トン
ビームの出力が○パワー

とかそういうカタログスペックを見るだけで興奮できるのだと思う。

だからこそ、

良かれと思って、世界観の説明に力を入れるし、

映画の曖昧な舞台設定が気になるのである。

 

筆者はコンテンツの、


シナリオ
音楽
演出

などの、総合的な要素から来る、

感動に興味があるが、

情報には大して関心がない

 

コンテンツに

感動を求めるか

情報を求めるか

で、価値観の区分けができそうだ。

でも情報おじさんのほうが高度

ただ筆者としては、

情報そのものに興味を持つ人のほうが、高度だと思っている。

筆者を「感動おじさん」

情報に興味がある人を「情報おじさん」

とすると、以下のようにグラフ化できる。

コンテンツを

「本」「動画」「体験」

の、3つに分けるとする。

 

本を読まない人が、本で感動できないことから分かるように、

3つは上位互換の関係にある。

 

本で感動できる人は、動画と体験でも感動できる

体験でしか感動できない人は、動画でも本でも感動できない

 

だから情報おじさんは、基本的に高度だと思う。

ただどうしても、世の中のコンテンツは、

母数の多い感動おじさん向けに作られているので、

情報おじさんにとってはいまいちな内容になるのは仕方ないと思う。

 

だから情報おじさんは、アマゾンプライムでアンチコメントをするのは辞めて、

論文でも読んでればいいと思う。

情報の序列

この序列はなんと、

エロコンテンツの関係性とも一致している。

妄想で十分シコれる人は、低コストで満足することができる。

体験でしか満足できない人は、

自らも、コンテンツの提供側も大きなコストを要することになる。

 

妄想で十分な消費ができる人は、

わざわざ高コストの消費行動に興味を持つことはないし、

体験に近い方のコンテンツでしか興奮できない人たちの気持ちを

想像すらできない。

学者の話はなぜつまらないのか

頭の良い人の話がなぜつまらないかと言うと、

彼らは、

「無機質な情報の羅列」

「思考(妄想)」

だけで、十分に感動できるからだ。

 

頭の良い人は情報提供に価値があると信じ、

話の面白さに注意を向けることが少ない。

必要性すら感じていないのだと思う。

 

ただ、頭の良くない人に合わせて、

コンテンツ(情報提供)に濃い味付けができる人こそが、

本当の意味で頭の良い人だと思う。

 

参考資料

苫米地博士のNOT NORMAL-027 なぜ、今までの成功法則では、成功できないのか?(2014年公開)

筆者は詳しくないが、頭の良い人の動画のようだ。

抑揚のない喋りで、情報をひたすら羅列している。

この動画で感動できる人は高度な知能を持っているのだろう。

【好きなことで、生きていく】『レペゼン地球-DJ社長-』

非常に工夫した喋りと、細やかな編集で、視聴者に配慮した構成になっている。

長い動画だが、その長さを感じさせない。

筆者は高度ではないので、こちらの動画のほうが感動する。

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