情報量で優位性が取れない時代の生き残り方

インターネットの出現以前は、年をとるほど経験や持っている情報が多く、それが年寄りの優位性となっていました。

しかし昨今では、例えば様々なノウハウがYouTubeで公開されるなど、情報収集が一人で完結できるようになりました。

年寄りを通さずとも、情報が手に入る時代となると、年寄りは単純にフィジカルの劣っているだけの存在となってしまい、若者に対する優位性が無くなってしまいます。

そのために既得権益を作ったり、成長する新分野を叩くなどして自己防衛するしかなくなります。

しかし、基本的に日本は自由競争が許される制度ですし、時代変化の激しい昨今では、既得権益を守ることも難しいと思います。

更に問いたいのは、若者に怯え既得権益を守る人生が果たして楽しいものなのだろう?かということです。

そんな老後を避けたいと考えるのなら、早い段階で自分の優位性について考えながら過ごさなければなりません。


一つの道を極め、後続が追いつきようのないスキルを身につけるという考えは危険です。

確かにそういうプロフェッショナルもいますが、それは宝くじのようなものだと思います。

自分の取り組んでいることが、今後も世の中に必要とされる保証など無いからです。

いくら事務処理能力が高かろうと、事務の仕事は減り続けますし、日本一の炭鉱労働のプロフェッショナルであったとしても、今の日本に仕事は無いでしょう。

今後電気自動車が市場を席巻した場合、エンジンの開発者はどうなるでしょうか?

自分の仕事の価値とは、そのレベルの高さではなく、需要の大きさで決まるものなのです。

時代変化に取り残されて、仕方なく自分が昔いかに凄かったのかを必死に説明したところで、それがカネになることはないのです。


情報の溢れる時代で、自分の優位性をいかに保つか考えた場合、伸ばすべきは「情報処理能力」だと思います。

情報処理能力を伸ばし続けられる限り、自分の優位性が揺るぐことはないと思います。

情報には有益なものとそうでないものがあります。

例えば私は投資が好きです。

投資の情報は「事実の情報」と「主観や噂話」の2つに大別され、

8割ぐらいは「主観や噂話」だと思います。

基本的には「事実の情報」のみを重視し、「事実に基づかない噂話」は、逆にそれを掲載する意図は何かを推理することでそれ自体を有益な情報へと変えることもできます。

このように、情報収集というのはそれ自体がスキルであり、向上させられるものだと思っています。


また、情報処理能力が上がれば、遠回りも少なくなります。

例えば適切ではないアドバイスに従えば、多くの時間をロスすることでしょう。

しかし、情報の良否を判断できれば、悪いものは無視し、良いものには全エネルギーを注ぐことができるのです。

確信めいた選択は迷いを無くし、最速での成果を上げることが可能になります。

情報の海からいかに本質的な情報を得るかは、ある程度マニュアル化ができると思っています。

でも現時点でできていないのでこれから考えます。

ごめんなさい。今日は疲れたのでココで終わります。

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