結末が分からんことをメモる気持ち

実は、当ブログでは筆者の株式投資の履歴とその時の気持ちを公開しているのですよ。

これについては、自慢したいとかブログネタとかそういうことじゃなくて、

分析のためにやっています。

 

ローカルで管理してもよいのですが、ブログ媒体のほうが管理が楽だし、ワンチャン誰かの役に立つと思ったので、公開することにしています。

 

さて、この記録についてですが、結末がどうなるかわからないんですよ。

ていうか、自分が一番知りたいぐらいなんですよ。

めっちゃ損した人の行動分析の記録になるかもしれんし、

めっちゃ成功者の行動分析の記録になるかもしれんし…。

 

正直、こんな気持になったことはありません。

やる前に成功すると予想し、自慢するために記録を公開するってあると思うんですけど、

成功する見込みが完全に謎の行動を記録していくって、ホント不思議な気持ちになります。

 

黒歴史ノートって、後から見返してうわーってなることがあっても、

一応、良かれと思って書いているという前提があるのですよ。

書いている当初から疑いながらっていうシチュエーションなかなか無いですよ。

でも、意外と有りかもしれないと思っている自分もいます。

 

人生、あらゆる事が不確定です。

失敗しそうなことも、成功しそうなことも結局結末は予想できません。

であるなら、成功しそうか否かで記録に残すか決めるのは、そもそも無理なのです。

 

また、勝つ見込みの低いことを、あえて記録に残す人はいないので、そこに価値が生まれるかもしれません。

しょうもなくても、現在取り組んでいることは記録に残すことにしよう。

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