違和感

例えば文章の末尾で、同じ表現が続くとキレイではない。

(私は元気なのでした。

しかし元気でない時もあるのでした。

そんな時はへこんでいるのでした。)

自分の書いている文章を読み返した時に、こういう表現の連続があると、瞬間的に違和感を覚え修正する。

しかし、この違和感という感覚、かなり高度なのではないだろうか?

この違和感をルール化したとしても、違和感をそもそも感じない人にはピンと来ず、ルールを遵守することは困難だろう。

もっと高度な文章を書く人は、私以上に多くの違和感を感じ、私には感知できない領域で文章の推敲をしているのだと思う。


この違和感というものは、あらゆる分野にあると思う。

私は長年金属加工に携わってきたので、図面を開いた瞬間に問題点に気が付いたりする。

しかし、それはその分野に長く携わったからこそであり、他の分野でその違和感が応用できることはない。

例えば私は現在プログラミングを学習しているが、バグが発生してもどこに問題があるか中々発見することができない。

しかし長年携わっている人が見たら、それは違和感という形ですぐに発見できるのだと思う。


技術の習得とは、違和感の習得そのものだと思う。

つまり、違和感の習得にフォーカスすれば技術はより早く習得できるというわけだ。

ではどうすれば違和感を早く習得できるかと言うと、それは、

「徹底的な正解との比較」だと思う。

自分が尊敬できる見本を用意し、徹底的に模倣する。

そして、最終的に見本を見ずに完璧な模倣ができれば、その時には既に違和感を習得できているのだと思う。

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