音楽2メモ

メモしていく。俺は現段階では作曲家として成功しようと思っている。そのためにある程度の練習をが必要だ。俺は技術習得の流れとは細かい範囲での反復練習を順序に行うことだと定義している。作曲という大枠で取り組むのではなく、作曲の構成要素を細かく分割し、その要素を明確に意識しながら、それのみを訓練するという感じだ。その構成要素を現段階では、声の周波数、歌詞の音数、音を並べる量。だと思っている。正直言うと構成要素の分解にとても手間取っている。それは音楽の分析が難しいからだ。イラストや文章は、手本のコピーが比較的簡単だ。見たまま分析できるので。しかし音楽というのは聞いたままに再現するということが非常に困難だ。答えは、その音楽を作った人の元データを見ないと分からないものだ。耳で聞いただけでは意識できない音が実際には大量に含まれていたりする。声や演奏なども完全再現など絶対できない。だから練習というのは参考にする楽曲と同じぐらい魅力的であるか?という曖昧な指標で取り組まざるを得ない。これが音楽の難しいところだと思う。正直、音楽は多くがクローズの技術情報で守られている。一流の情報を得るには一流と個人的な交流を保たなければならないし、講師に学ぶとしても大体講師をやっているような人の楽曲はしょぼくて聞くに耐えないものが多い。だからこそ取り組み街があるという感じもある。一度技術構築すれば強いし、競合も少ない。世の中に演奏や合唱が上手い人はくさるほどいるけど、楽曲として製品化できる人はクソ少ない。俺はとにかく製品化にフォーカスして技術習得する。楽曲において声というのはやはり重要なものだ。声さえ良ければアカペラでも十分製品品質になりうる。それ以外に関して、良い楽曲を作りたいと思ったとき世の中では音作りやコード進行について語られることが多い。しかし分析をする上でそうだとは思わなくなった。余裕が出てから取り組めば良い程度のもので優先順位はかなり低い。今俺が取り組もうとしているのはボーカルの品質と、音の配置だ。特に音の配置は今までに無かった発想だ。今までは音楽というのはコードやメロディに音を足していくものだと思っていた。しかし楽曲を見た結果、パーツを作り適宜配置していくのが良いのではないかという仮説にたどり着いた。福笑いのように、配置によってクオリティを模索すると行ったかんじだ。つまり楽器一つ一つの状態ではあまりこだわらないということでもある。音の位置関係や配置のバランスの美しさが最も品質に影響するのではないかという仮説だ。これらを踏まえて今後の行動を決めた。

 

 

 

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