【夢がない蟻】アリとキリギリスは現代に当てはめると逆だよな

夢がない

夢が叶わない。

または、そもそも夢がない人は多いのではないだろうか。

 

原因は、多分

メンタルブロックによるものだ。

罪悪感、またはモラルと表現しても良いかもしれない。

(筆者は心理学者ではなく、言葉の定義とかはよくわからないので、フィーリングで読んで頂ければと…)。

 

筆者(無職)も現在人生のゴール設定に苦戦している身である。

そんな筆者にでも言えることは、

「美少女にモテモテで、なぜか金銭的にも社会的にも成功している。」

という状態には当然なりたいということだ。

 

これを否定できる人はいないと思う。

この考えに拒否感を感じたとしたら、それこそがメンタルブロックの正体と言える。

 

実際の社会で、

「僕の将来の夢っすか?いい女とヤリまくりたいですねw」

などと言えば、ヤバイやつだと思われると思う。

 

ある意味、世の中の人達はみんな嘘つきなのだ。

かっこつけているとも言える。

だから「社会貢献がしたい」とか「安定した生活を送りたい」とか言うのである。

 

みんなが本当に素直なら将来の夢ランキングの一位が

AV男優」になってもおかしくない筈だ。

 

本当に素直なら、将来の夢は、

ITエンジニアでもなくゲームクリエイターでもなく動画配信者でも無くスポーツ選手でもなくエンジニアでもなく公務員でもなく学者研究者でもなく社長でもなく教師でもなく医者でもなく

「モテたい」であるはずだ!!!!!

 

記事を読み、筆者がキモイと思った人がいるかも知れないが、素直になれよと言いたい。男目線すぎる内容に女性の読者には申し訳ないと思う。(思ってない)。

誘導される夢

一般的な人は、基本的に素直に夢を見ることができない。

社会、メディア、両親、教師、友人などから思想の誘導を受けるからだ。

 

やりたい事を、素直にやりたいという感情は、

周囲から植え付けられた条件により否定される。

数々の条件をくぐり抜けたもののみを、夢だと考えてしまう。

真面目な人ほど、条件が多く、夢そのものを無くしがちである。

 

人は本来、やりたい事があるはずなのだ。

しかし、周囲の反応によって、それをやるべきでないと錯覚してしまう。

 

怖いのは、「やりたかった」という記憶すら無くなってしまうことだ。

周囲からの抑圧によって「そんなことをやりたいと思うべきでない」と錯覚し、記憶から消してしまうのである。

アリとキリギリスと死んだアリ

幼少からの教育によって、素直な心には次々と障壁が作られる。

アリとキリギリスの童話なんて、本当に最悪な洗脳である。

 

誰もが知っている童話だと思うが、要約すれば

「人生を楽しんだものは死ぬ」

という脅迫なのである。

 

実際、何億人もの子供がこの童話によって夢を失ったのではないだろうか。

「つまらない労働が善で、楽しむことは悪。」

この一見何気ない童話が、人生観、モラル感に大きな影響を与える。

 

モラル感というのは、最強のメンタルブロックである。

モラルを犯すことは、考えるまでもなくやらないという判断につながる。

本当に素直な子は、アリとキリギリスを見ることにより、それ以降人生を心から楽しむことは不可能になってしまう。

そんな子が、夢を見つけることは不可能だろう。

夢の条件「それは楽しくないことであるか?」という項目が加わってしまっているからだ。

 

さらに、

昨今は労働環境の悪化で、一般的な労働者の待遇が落ち、

逆に思いがけない一芸を持った人間が評価される社会になっていることから、

なおさらこの童話の有害性が増しているとも言える。

現代ではアリのほうが死ぬのである。

 

 

ちなみに筆者の話ではあるが、

筆者のいとこは、一部上場企業の正社員で、結婚し、マイホームをローンで建てたあとに自殺している。

更に、筆者も一部上場企業の正社員をしていたが、現実を見て現在は無職から人生の方向転換を図っている。

アリとキリギリスを真に受ければ、本当に切実な危機が訪れることを筆者は知っている。

心理的障壁

筆者はアリとキリギリスで言えば、完全にアリの考えをして生きてきた。

筆者は、無職になり、かなりの時間を自己分析に費やしてきた。(現在も継続中である)。

おそらくだが筆者には

 

  • お金をつかうことは悪
  • 楽しむことは悪

というモラル感がある。

 

ここで、何故自分にこのようなモラル感が植え付けられたのか考察することは有害だ。

なぜなら、その物事について考えるは考えるほど、逆にそちらの方向に意識が誘導され、その考えがさらに強固になるからだ。

筆者が行うべきことは、

価値観の再構築のみである。

未来を信じる

筆者には、当然子宮にいた頃の記憶はないが、

まだ、生まれる前

外部から何の思想的影響を受けない状態では、

将来にどのような希望を抱いていたのだろうか?

少なくとも、公務員になりたいとかは絶対に言わないだろう。

 

自分の国籍も分からず

性別も分からず

言葉も分からない

そんな幼い頃、自分自身にどのような可能性を感じていたのだろうか。

 

もしかしたら、その頃には、天から与えられた使命とかを知っていたのかもしれない。

グリッドマンのように使命を思い出しながら頑張っていこう。

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