説教で人生は変わらない

書く。

動画

筆者は昔、Youtubeでスプラトゥーンのプレイ動画を多く見ていた。

 

動画は大体、

  • ノウハウ系(〇〇での立ち回り解説、的なやつ)
  • ネタ系(〇〇使って〇〇しまくってみたwwww的なやつ)

の、2パターンに分かれている。

 

筆者には、なぜかノウハウ系を敬遠する傾向があった。

それが、真面目で詳しそうであればあるほどである。

 

ある時、人の心理には「恒常性維持機能」というものがあると知った。

簡単に言うと、

人は「変わりたいと思っていない」という深層心理だ。

 

つまり、ノウハウ系の動画を見ると、スプラトゥーンが上手くなってしまうので、

深層心理がその動画を避けさせていたのである。

 

説教おじさん ジワっと名言おじさん

例えば、

「今からお前の人生のために説教してやる!」と言ってくる(説教おじさん)

そんな、おじさんと、

雑談が面白くて、たまに深くて良い言葉がポロッとこぼれる(ジワッと名言おじさん)

そんな、おじさんがいたとする。

どちらの話を聞き、どちらの言葉に影響を受けるだろうか?

説教おじさんを選ぶ人は、ほぼいないと思う。

 

しかし、考えて欲しい。

 

説教おじさんの話のほうが、情報量が多いし、内容も厳選されているはずだ。

本当に自分の人生を良くしたいと思った時、

理屈で言えば、

説教おじさんの言うことに耳を傾けた方が効率が良いということになる。

 

しかし、現実にそういう気分にならないのは、

「恒常性維持機能」の一種なのかも知れない。(聞くと人生が変わるから、深層意識が避けている)。(まあ、説教で人を変えられると思う人間が知性的であるはずもないのだが)。

情報を自分で発見する喜び

筆者は、ネタ系のスプラトゥーン動画を好んで見ていた。

しかし、それでスプラトゥーンの知識が付かなかったわけではなく、

むしろネタ系だったからこそ、多くの知識が付いたと思っている。

 

配信者のゲーム操作からも発見があるし、

何気なくこぼした言葉が、ゲームに勝利する上で、筆者には無かった視点だったりする。

 

ネタ系の動画を好んで見て、なおかつ自分に知識がついたという状況は、

説教おじさんと、ジワッと名言おじさんの比較と構図が同じである。

説教おじさん=ノウハウ系動画
ジワッと名言=ネタ系動画

 

さて、

なぜ、ジワッと名言(ネタ系)の方が筆者の心に残ったのか考えてみる。

それは情報に「感情」が乗っていたからだと思う。

 

ネタ系動画から、知識を得るということは、

知識を、与えられたのではなく、

知識を「見つけ出した!」という心理状態にある。

 

思いがけない収穫、という感覚であり、

幸運な体験として筆者の心に残りやすくなった、のだと思う。

情報に対する自己責任感

また、ネタ系動画からの知識の発見、とは主体的な行動である。

 

ノウハウ系の動画を見てありそうなのが、

〇〇の動画の通りやったけど勝てないンゴォォォォォ!!!

あの動画は嘘だ!!!

という思考になってしまうことである。

情報を受動的に受け入れたため、上手くいかない原因が自分ではなく、

情報にあると考えてしまうのである。

 

ネタ系の動画から、主体的に情報を見つけた場合、

今の動き、もしかしたらこれが勝率を上げているのか…?

何度か実践して検証してみよう。

という思考になる。

情報は与えられたものではなく、自分で勝手に見つけ出したものなので、

情報に対する責任は自分にある。

そのため、情報に対し半信半疑で検証に時間をかける。

そうしているうちに、自然と情報が身につくのだ。

人生を変えようとするほど変わらない

ここまでで、直接的なノウハウは、

  • 恒常性維持機能で避けてしまう
  • 受動的になって身につかない

ということを書いた。

 

ネット上のコンテンツを、ノウハウ的かどうか?という目線で見ると、

3つに分類できる。

 

  1. 人生を変えようとしてない人の、人生を変えようとする。(イケハヤ系炎上タイプ)
  2. 人生を変えたい人の、人生を変えようとする。(セミナー講師、ホリエモンタイプ)
  3. 誰も人生を変えようなんて思ってない。(ヒカキンタイプ)

 

1は、まさに「説教おじさん」であり、多くの反発を生む。

この反発感も、読み手の「恒常性維持機能」によるものかも知れない。

 

2、は聞き手の要望にも答えていて有益なコンテンツのはずだが、

どうしても聞き手が「受動的」になってしまい、情報がなかなか身につかない。

自己啓発本を読むだけでは人生が変わらないのと同じ現象である。

 

実は、「人生に影響を与える」

という観点から見ると、

3、のヒカキンタイプのコンテンツが最も大きい力を持っている。

 

ヒカキンは、自分のコンテンツで人生のアドバイスをしないし、

ユーザーも、動画視聴で自分を変えようと思っていない、

なのにも関わらずである。

  1. ヒカキンのようなコンテンツは、娯楽なので自然と長時間接する。(恒常性維持機能も働かない)。
  2. 長時間接するので、知らず知らずのうちにヒカキンに影響されてくる。
  3. 自分も、コンテンツを作ってみたいなと「自発的に」思うようになる。

といった流れだ。

 

情報は無意味

ネット上で、

「どんな資格をとったほうが良いですか?」
「プログラミングは、何の言語を勉強したほうが良いですか?」

という質問をよく見かける。

また、

「これからは、フリーランスの時代!!!」
「動画編集は、今後の必須技術!!!」

という、説教おじさんムーブの情報発信者もよく見かける。

 

ヒカキン理論で言えば、質問する人の人生は変わらないし、

情報発信者も、受け手の人生を変えられない。

 

 

自分の人生を変えたい。

夢が欲しい。

そういうときは、娯楽に徹底的にハマり、感動し、自発的に動き出すことが、

正解なのかも知れない。かも知れない。

まとめ

種付けおじさんは、種付けのことを考えるほど、種付けできない

というような話でした。以上

コメント